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誕生日

何が生まれようとしているのだろう。

どこへ進もうとしているのだろう。

 

右へ行こうとすれば左へ、

左へ行こうとすれば右へ、

まるで揺られるように進む今。

 

2011年3月11日(金)14:46

僕らに何かが起こった。

ようやく前厄・本厄・後厄を超えて

未来への道を凝視していたときのことだ。

 

2011年3月15日(火)43歳の誕生日を迎えた。

こんな誕生日なんて初めて。

余震の続く中、原発の危機も聞こえ、

朝から2時間待ちでガソリンを入れ、

家の壊れた屋根にあがってブルーシートをかけ、

籾を精米機にかけて白米にし、

こうしていつも行っていたラーメン屋で

ラーメンと餃子ライスを食べている。

 

当たり前か。

こんな大地震・津波・原発災害の掛け算なんて

映画の話でしかなかった。

 

こうしてよく食べていたラーメンを

食べていると

とてもホッとすると同時に

 

今、福島原発で命懸けで

僕らのために作業をしている方がいるという事実や

東北の被災地の方々が精神的にも肉体的にも

そして環境的にも困難な状況にいるという事実を

 

どこかリアリティなく

無意識に意識の外へと追いやっていこうとしている ことに気づく。

 

そう、そんなこと考えずに

今までみたいに

そんなことないかのように

そんなことなかったかのように

ただいつものように

ラーメンをホフホフしたいのだ。

 

日常に埋没すれば

こんな現実は映画のように なってしまうから。

 

2泊3日の避難所生活、

そして自宅に戻ってからは

情報収集、 そんな中で限られた睡眠時間の日々。

 

余震、原発、

刻一刻と変化する状況、

選択できるオプションの担保、

情報の信頼性の判断、

リスクがある限り

自分にできることを行動し続けること、

その糸のような一筋の道の模索。

 

このアツアツのラーメンのスープが

今日の冷えた身体を内側から

ジンジン温めてくれる。

 

生きている。

 

そう、生きている。

 

まだ生きているんだ。

 

今にも泣き出しそうな空。

今にも泣き出しそうな僕。

この雨だけには打たれちゃいけないんだろ?

 

いろんな感情が自分の中に渦巻いている、

この黒い空のように。

 

でも だけど

さっき自宅に戻って コーヒを入れて飲んだんだ。

 

そしたらさ、

大丈夫、

きっとうまくいく、

必ずうまくいく

 

って本当に心から

ジワァ~ンって湧いてきたんだ。

 

絶対絶対 この先へと進むんだ。

この先へと一緒に進もう。

このぐちゃぐちゃした心、記憶、

すべてを抱きしめて。

 

ひとりぼっちの

Happy Birthday to オレ

生み育ててくれて、

そして生きさせてくれて

ありがとう。

 

 

今、かつてどこかに当たり前にあった日常と

僕らがかつて体験したことのない現実とを

自分の中でしっかりと融け合わせて

これから僕は 本当の道を進む。

まったく見えないままのこの道を進む。

 

新年度

生きているってことは、 必ず『自由』とその『妨げ』の葛藤の連続だ。 『妨げ』も大切な声のひとつだが、 ときには『妨げ』の声にバッサリ切られてしまうこともある。

生きていくためには、その剣筋を見極めて、切っ先をかわす技が必要だ。 実は『妨げ』は、『自由』を奪う存在であると同時に、 かわす技を教えてくれる存在なのである。

この学びを完了させるためには、『妨げ』の懐に飛び込まなければならない。 ときには、皮を斬らせて筋を断ち、それでダメなら肉を斬らせて骨を断たねばならない。

一歩の踏み込みが足りないばかりに、一瞬にやられてしまうこともある。

『妨げ』からの教えは、本当に『自由』へと導く。
『妨げ』を避ければ、いずれ追い込まれる。

僕が新しくことにあたるとき、『妨げ』の切っ先を常に見極める細心さを心がけています。

みなさんも、新年度新しい環境、新しい人間関係に出会うかもしれませんが、 何があっても『自由』への学びになること確信してます!

よい新年度を!

もめごとは自分の意識化されていない何かに気づいていく入り口

ずいぶん前のことですが、 僕の仕事上の友人二人がもめている状況がありました。 仕事上、一緒に取り組むわけですが、 とても二人だけで話し合って解決できる状況ではなさそうでした。

普通だったら(僕は単に巻き込まれているので) 「二人で解決してください」ということになりがちですよね。

でもコミュニティ・ファシリテーションでは、 こういった出来事を自分と切り離さず それが「自分に起きている事実」として注意を向けます。

そして、 ○それを探求したい自分がいるかどうか
○それをしたくない自分はどう感じているか、
などの内的なチェックをします。

また「僕がいることを二人が望むかどうか」 も慎重にチェックします。 これは見落としがちな視点ですが重要です。

本質的には「二人で解決していく」わけなのですが、 そうしたチェックの末、僕は緊急的に現場へと向かって、 彼らとともにこの揉め事に取り組ませてもらいました。

☆ ☆ ☆

ひととひとの間に起こるぶつかり合いに 立ち合わせさせてもらって見えてくるものがたくさんあります。

まず社会的なレベルのこと。
僕たちの心に入り込んだ『世間(社会システム)の声』と そこで軋轢を感じている個人の声の衝突が見えてきます。 誰もが心の中で感じる葛藤だったり、 誰かと誰かの間でよく見られる衝突だったりです。

次に人間関係のレベルとしては、 僕とそのAさんとの間にもわずかですが BさんがAさんに訴えているようなことと 同じような違和感があったことに気づきました。

逆にBさんが話すと、 こちらもAさんがBさんに訴えている感覚と 同じような感覚がわずかですが生じてくるのです。

こういったわずかに心に生じる微細な感覚も使って介入していくわけですが、 二人の揉め事が、僕とAさん、僕とBさん、 それぞれとの間にそっくりな形で起きていたとも言えます。

僕個人として見ると、 彼ら二人が演じている2つの役割は共に自分の心の中に存在しており、 その心の中の声が目の前で対話して(くれて)いるとも言えました。

心の中のノリAとノリBが目の前で実際に対話しているような感じです。

こうしたことを意識しながら介入して対話をサポートし進めるうちに 二人はそれぞれのこころの中に感じている微妙なことに次第に気づいていき、 同時に自分自身が本当にしたかったこと、 相手に本当にお願いしたいことも見えてきました。

また僕にはほんのりと彼ら二人を含めた『僕ら』が共有している『場』が感じられました。

単に揉め事は解決の対象であるだけでなく、 自分や相手への意識化されていない何かに気づいていく 入り口でもありました。

☆ ☆ ☆

このように人間関係で起きていることは、 その当事者だけの個人的な事情や問題に起因していると考えるだけでなく、 それ以上の意味合いをもっている、未来的な可能性を秘めているのです。

だから僕は 『どこにでもヒョイヒョイ行っちゃうよ』という自分でありたいのです。

なので、ぜひ僕の錬磨の機会らしいときやただ単に楽しいときにお声かけください! いつまでも『ヒョイヒョイ』を心がけて生きていきたいので。

☆出張ファシリテーターについてはお気軽にお問い合わせ下さい。
☆夫婦喧嘩から会議までファシリテーターします。
☆基本的には1時間1万円と実費を頂戴しますが、企画内容等によって変動します。
☆ただお金はないけど本当に困っている、という方はまずはお問合せください。

エネルギー集合点としての渦の中心 ~名前や枠以上のもの~

このコラムの前に書いたこういった奇妙な体験の中、夢そのものが僕に語ってきたことを まだ書いていませんでした(笑) 夢が言わんとしていたことは 『渦の中心が一番濃い』 『名前や枠ではなく渦を使う』 ということでした。

誰かから何かを学ぼうとするならば、 誰かという渦の中心に近づくことがもっとも濃い影響を受ける、 ということになります。

人も場もエネルギーの渦で、 エネルギーは偏在しているため、その濃淡があります。 そのとき、渦の中心に飛び込むとエネルギーの影響を活用できます。

通常、渦は見えないため、名前や枠が必要になります。 しかし、名前や枠が渦そのものではないため、 渦そのものが認識できない人は、 名前と枠にとらわれてしまいます。 名前と枠があることが本質的なことにつながると錯覚するのです。

むしろエネルギーの集合点である渦の中心そのものを用いることです。 これがコミュニティ・ファシリテーションで目指している『技』です。

今年は、その『技』の具体的な企業組織への応用を研究します。 興味ある方は、この研究の『渦』の中心に触れてみませんか?(笑)

場と非局在性 ~『現実』の足場は確か?~

2月3日(水)、新たな体験をしました。

ある人に夢の話をしていたときのことです。

話をしながら、夢の中の場の雰囲気『夢見の場(Dreaming Field)』(勝手に名付けてみた)に 入っていきました。 すると『現実』の場と『夢見の場』の二ヶ所に相手も自分もいることがわかり、 現実に話している相手が夢に現れてきた人物と同じに振る舞っているように見えてきました。 この体験は、これまでコミュニティ・ファシリテーションで言っていたパラダイムの体感でもありました。

うまく言えませんが、僕らの通常の意識状態では『夢見の場』が認識できていませんが、 僕らが認識している『現実』に重なって存在していると考えられる、ということです。 つまり『夢見の場』はきちんと自覚されていないにもかかわらず、 『現実』の人が『夢見の場』の人物の振る舞いに見えてしまうことが起こってくるわけです。

この影響は無視できません。 なぜならそうして見ている人だけの問題にとどまらないからです。 『夢見の場』の人物の振る舞いを見ながら、それを『現実』として反応することは、 言い換えれば、自分もまた『現実』を生きながら、 自覚されていない『夢見の場』の人物として振る舞い始めていることになるからです。

いずれにしても、この体験から、 理論物理学が示している、ひとつの粒子が 非局在(ある決まった場所にだけ存在するわけでない)的に ふたつ以上の場にありえるように、 自分がふたつ以上の場に同時に存在している状態とはどのようなことか を体感できました。

そして『場』がどのように『現実』に関与していて、 どのように僕らの行動に影響するか、ある面からの理解を体感できました。 これは、(奇妙に聞こえる人もいるかもしれませんが) 僕の専門である葛藤解決ファシリテーションや組織変革などにおいても 重要な示唆を含んでいるのです。 現在のファシリテーションや組織論などでは十分検討されていない側面だからです。 そのあたりは、これからの実践研究とセミナーなどで明確に共有していきます。

複数の現実(夢) ~パラレルワールド・時空を超えること~

2月2日(火)、奇妙な体験をしました。 現実に誰かと話しながら、同時に夢の中で同じ人と話しているのです。 しかも2つの夢を同時に見ているのです。

結果、僕は現実のその人と2つの夢の中の2人のその人の 合計3人と同時に話していました。

そしたら、その3人の間にも微かにまた別な現実(夢?)が無数にあることに気づきました。 同時存在する無数の夢のひとつを『現実』として色濃く見ているのだ! と感じました(笑) そのような理解から『現実』をとらえるとかつてからの問いがよみがえってきます。

「なぜ僕は今この現実を生きているのか」

と書きながら コタエがすぐやってきました。

「この現実はすべてを内包しているから、生きていない世界も同時に生きている」 だって(笑) 「だって」って誰が言っているんだ(爆) 相当ヤバそうな人っぽいですね。 でも、それが体感としてわかる感じがあることに驚きです。 少しずつこういったことを言語化してみなさんと共有してみたいです。

月輪 ~反転の兆し~

1月30日(土)認定プログラムの試験第1日目の帰り道、夜空を見上げたら、 満月に大きな輪が天辺にありました。

月輪

すべてが祝福されて、新しい何かを迎える準備が整ったように感じました。

認定プログラムの試験の2日間のグループワークも、 あらゆる意味において深いものに触れていたことを感じました。

認定プログラム第1期、第2期と進んで、 僕が意図していた以上の意味合いが現れてきたように感じています。

どうであれ、そこをより自覚的に、 まだ共に進むべき(必然の『べき』)人たちと先に進むらしいと覚悟しています。

でもそれは認定プログラムに限ったことじゃないですね。

いろんな繋がり方で今、僕と繋がっているみなさんと共に 行けるところまで行くこと、行くあてはわからないけど(苦笑)。

心境の変化 ~それがコタエだ?~

『新年のご挨拶』あと、1月26日(火)朝にある心境の変化が訪れました。

それは世界の成り立ちに関する何かで、まだ十分言語化できていません。 ですが、感覚としてはついに『反転したな』という感じです。

『新年のご挨拶』の中での、『深く深く暗い洞窟の奥深く下にある水辺』の世界が 『現実』に立ち現れてくるイメージです。

このことはいずれノリレポで、 みなさんの心の中の誰かへのメッセージとして共有させていただきます。

謹賀新年

みなさん、 新年明けましておめでとうございます。

みなさんは、どのような元旦をお迎えになりましたか? 僕は、今回いろいろなことが重なり、父と二人だけで新年を迎えました。 これも何かしら象徴的な出来事のように感じています。

一眠りして朝が来て、地元の田んぼの真ん中で 満月の入りと初日の出を拝みました。 人生で初めて、もしかすると最初で最後の光景かもしれないなと思いました。

それから、笠間稲荷へと車を走らせ、 いつもの『きむらや』で天丼とそばを食べてから、 お稲荷さんで初詣しました。 おみくじ、大吉。 実は昨年、『凶』を引いたので、 今回の大吉、なかなか感慨深いものがありました(笑) それでも一歩一歩謙虚に進んでまいりたいと思います。

実は昨年、本厄の年でした。 2009年は、コラボレーション、人とのつながりの力を実感した一年でした。 たくさんの方々のお声かけのおかげで、とても充実した時間を与えていただきました。 本厄を無事、こうして充実して過ごせたのは本当にみなさんのおかげです。 ありがとうございます。

まだまだみなさんのご期待に十分応え切れていないことを重々感じながら まだ後厄もありますし、 旧暦だとまだあと1ヶ月ほど年明けしていないので、 慎重にゆっくりと2010年をスタートしていきたいと思っています。

2000年代を終えて、2010年代のスタートとしても、 2000年代を振り返ると、 2000年代は激動の挑戦と変化の時代でした。

年初めのご挨拶にかかわらず 昨年の振り返りになって申し訳有りません(汗)

2000年代前中期は、 僕の『20世紀』が崩壊して途方にくれながらも、 人が生きていることの根源的な尊さを とてもとても深く深く知るための時間となりました。 それは絶望や哀しみの奥の奥まで降りていく時間でした。

そのおかげで僕は深く深く暗い洞窟の奥深く下にある 水のあるところに辿り着いたのです。 僕は生涯、この水辺を離れることはないでしょう。

さて2000年代後期、本当にたくさんの方々に助けていただきました。 振り返りながら、全員とは行きませんが、 僕とコラボレーションしてくれた主な方々を紹介させてください。

まずプロセスワークの僕のアドバイザーであり、 兄貴分でもあるたけさん(桐山岳大さん)の指導と支えのおかげで ファシリテーターとしてずいぶん成長させていただきました。
★たけさん・参考:http://www.processfacilitation.net/trainer.html

そして僕の友人であるひでかさん(本田秀佳さん)が、 『隠れファシリテーション講座』の立ち上げで とても勇気付けてくれただけでなく、 場所取りなどのオーガナイズを手伝ってくださいました。

東京での『隠れファシ』には、 ブンブンさん、nashさんはじめ、 多くの方々が協力してくださいました。
★ブンブンさん:http://zaemon.blog3.fc2.com/

初めてコラボレーションしてくれたのは、 オーストラリアのワールドワークで知り合って以来、 友人である 村松康太郎さん、村松知子さんのお二人。 一緒に関西での『隠れファシリテーション講座』を主催してくださいました。 それをきっかけに関西での活動が始まりました。 今関わっている未来像の多くの刺激を彼らとの時間の中で響き合って出てきました。
★康太郎さん・知子さん・参考:http://www.pccj.net/community/

その後、コミュニティファシリテーション研究所を発足させて 『隠れファシ』から発展して、認定プログラムを始めました。

認定プログラムに参加してくれた ayakoさん(ミュージシャン)と 先ほどの康太郎さん、知子さんを通じて エコビレッジデザイン教育 につながっていきました。 講師+参加者の全体サポートを担当して たくさんの参加者、講師の方々から示唆を受けるものがたくさんありました。
★エコビレッジデザインエデュケーション:http://www.ede-japan.org/intro

★ayakoさん:http://fromayako.exblog.jp/
★ayakoさん・音楽”blue”: http://www.five-d.co.jp/HaLo/blue.html
“yellow”: http://www.five-d.co.jp/HaLo/yellow/index.html

コミュファシ始めてから初めてファシリテーターとしてワークショップを コラボレーションしてくれたのが、コーチゃん。 『持続可能な組織と個人』というテーマで行いました。 彼の参加者を大切にする念入りな仕事ぶりから学ぶものが多かったです。
★コーチゃん:http://konoms.blog10.fc2.com/

柏で僕をずっと応援してくれている河辺節子さんを通じて 介護福祉士のみなさんとの研修というステキな機会に出会いました。
★河辺さん・参考:http://yuminn.net/

その後、やはり僕の友人のペロちゃん がいるbiopio をきっかけに パタゴニアのツール会議 に講師で参加させていただき、 多くのステキな方々と出会いました。
http://biopio.com/patagonia_too/
ビジネスや環境保護に関わる方々との話し合いもとても深まっていき、 ワークショップの実践としてとても得るものが多い機会となりました。
★パタゴニア:http://www.patagonia.com/web/jp/patagonia.go?slc=jp_JP&sct=JP&assetid=16778
★BIOPIO:http://biopio.com/
★ペロちゃん:http://perota.wordpress.com/

僕の2000年代後半を費やした『水戸教育フォーラム』の 『市民会議』の理念に強く共感してくれた 社会福祉関連のネモさん と直接お会いしていろいろ話し合い、 福祉とファシリテーションについての研修を企画してくださいました。
http://pwmito.exblog.jp/3262532/

そうこうしているうちに、認定プログラムに参加してくれた あぜさん、Mikaさん がつないでくれた、 たまちゃん(珠帆美汐さん) が僕を北海道に呼びたいと声をかけてくださった。 そうして生まれたのが、『ちきゅぼー』。(「なんじゃ?ちきゅぼー?」という方は以下を) 名付け親は事務局 のリサさん。
★ちきゅぼー合宿:http://comfaci.com/04/090417vivalavida/
他にもいろんな方が関わってくださり、 とても深い対話の場が生まれました。
★あぜさん・Mikaさん:http://aitomomosha.com/
★たまちゃん:http://tamahomishio.blog69.fc2.com/

このちきゅぼーの企画あたりから 人との間で自然発生してくる力を現実化するところまで どうファシリテーションするか興味が湧き、 意識的に探求し始めました。

いろんな方からの呼びかけ、僕の反応、 そして相互に起こっていることから生成されてくる何か。 この何かの存在を意識的に扱っていくのです。

春から夏にかけてだんだんこのことが加速してきました。

大阪で講座に来てくれてからいろんなイベントの協力をしてくれていた 梅ちゃん(梅山晃佑さん)がちきゅぼーと同じころ コミュファシの大阪の活動でのコラボパートナーになってくれました。 若い彼のバイタリティ溢れるセンスでいろんなおもしろい企画が生まれました。
★梅ちゃん:http://taikutsu.main.jp/2joe.php

友部に遊びに来てくれる友達も増えてくる中、 最近アツくコラボしているふたこさん(二子渉さん)と何かやろうかという話になり、 『対談』に始まり、『セミナー』そして『自然の中でのとことん対話合宿』と ドンドン展開しています。
★ふたこさん:http://www.geocities.jp/processworkwf/

コミュニティファシリテーター認定プログラムの二期生でもあるやえごんが 個人の変容に焦点を当てたワークショップを岩手で企画してくれました。
http://comfaci.com/22/1009iwate/
初めての東北地方での開催です。 実は個人の変容に焦点を当てたワークショップは、 これまで認定プログラム以外でやってこなかったので そういった意味でも初企画です。

こうして僕は2000年代を超えて2010年代に突入したわけです。 2009年、人のつながりの力のおかげ、と最初に書きましたが、 このとおり実際には2000年代、 コラボレーションが僕を導いてくれたと言っても過言ではありません。

コラボレーションとは言えないかもしれないけれど、 認定プログラムの一期生だったはっちゃくさん(赤塚丈彦さん)には コミュニティファシリテーション研究所の組織について 本当に力になってもらっています。 最近、僕の方が動いていないから活動していないけど(苦笑)
★はっちゃくさん・参考:http://www.dream-launcher.co.jp/coach/coach.html#akatuka

またちきゅぼーの参加者だったくじらちゃんとSKYちゃんは、 誰にでもわかるコミュファシの本のために辛抱強く僕と関わってくれています。 本当に感謝です。
★くじらちゃん:http://moana.cocolog-nifty.com/blog/

このように企画で中心的に関わってくれた方々だけでなく 僕を支えてくれた方は他にももっともっとたくさんいます。

どうして僕らは出会って、何かを感じ、何かを共有するのでしょう? 僕はコラボレーションに何かそれらを探求するヒントがあるように感じています。

僕とみなさんとこれから何か生まれてくるのか、生まれてこないのか、わかりませんが、 人と人との間に生じてくることに僕は大いに関心があるし、 そうして生じてくることに意味深いものがあるようにも感じています。

なので、僕に何か感じるところがあったら、気軽にお声かけください。 そこから何か始まるか、始まらないか、一緒に見てみましょう!

2010年代はどんな時代になるのでしょう。

今、自分の中にある言葉は、『再興』です。 僕は、2000年代を生きるために 20世紀に置いてきたものもあったようです。 それらを取り戻しながら、 2000年代に大きく進みだしたものを統合させて 新しくも懐かしい感覚で2010年代を走り抜けてみたいです。

具体的(かな?笑)には僕は、 ずっと心に掲げてきた『世界平和』について 2010年より明確に動き出します。

みなさんは『世界平和』と聞いて何をイメージしますか?

僕はなんとなく人という存在の外郭以外のところに 平和が存在しているようにイメージします。 だから、目に見えないところにあるので、 それは僕らの心の内側だったり、 人と人との間だったり、 何かと何かの間だったり、 そんなそこらじゅうにあるように思います。

『世界平和』というのは、そういった全体に意識を向けて よく心の眼(感性)でとらえ、意識的に生きる(選ぶ)ことだと思います。 そして、それが僕の言葉では、 コミュニティファシリテーションなのです。

僕に何が与えられているのでしょうか? 僕以上にみなさんが気づいているでしょう。 僕が適切にそれを使えていないとしたら、ぜひ教えてください。

僕にはみなさんに与えられているものが見えます。 遠慮なく尋ねてください。 僕らは自分以外に気づきやすいようにできているのですから。

こうして僕らが与えられたものを十分活用すれば、 僕らの『世界平和は難しいことじゃありません。 2010年代、いい時代にしましょう! 必ずうまくいきますから!

これまで本当にありがとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。

廣水乃生

『うつ』の活用法

『うつ』は今や時代を代表する症状ですね。

社会や時代にたくさんの情報や状況、たくさんの人との関わりが増えれば増えるほど、『うつ』も増えていきます。 私たちがあまりに多くのことに無差別にさらされているとき、 『うつ』は助けに来るわけです。

『うつ』は私たちの身の回りにあるたくさんのことから、本当に大切なことを見せるためにやってきているのです。 もしあなたが『うつ』につかまったら、意識を向けるものが多くなり過ぎていて、最小化するところにいるのです。 次のよいな問いは、『うつ』からのメッセージを受け取る助けになるかもしれません。

もし何もかも今からやり直すとしたら、何をやりますか?
今たくさんあるやるべきことから何をやりますか?
あるいは今していないことを始めますか?

『うつ』を、まだ生きていない新しい自分との出会いのサインとして活用して、 じっくり味わいながらサナギが脱皮するのを静かに待つのをオススメします。

『うつ』であるこの静かな時間につかりながら、自分にとって本当に大切なことが浮かび上がってくるまで、やるべきことをできる限り最小にして、ゆっくり過ごしましょう。

本当に大切なことに出会い直すためにやってきているのですから。